2009/10/30

Consuelo y Julieta



You should see love as a journey and it will last, if you see it as a home it will die.

 これは、最近気に入っている言葉。この言葉からいろいろ連想していたらフリエタに行きつきました。フリエタと知り合ったのは2006年のあるパーティ。ブエノス・アイレスです。たった一度きりなのに、彼女とはうまがあうというか、たぶん、肝心なところで共鳴し合っているのでしょうね。それ以来、コンスタントに会っていろんな話をしています。

 はじめてパーティで会ったとき、彼女の名まえの話になりました。スペイン語でフリエタはジュリエットのこと。ロマンチックな人生を送っているんだろうなあ、と勝手に想像していたのはわたしだけ。

「両親はコンスエロという名まえをつけたかったらしいの。でも、祖母の猛反対でフリエタになったのよ」

 奇遇にも、そのときわたしが書きはじめていた物語の仮題がコンスエロでした。コンスエロという名まえはConsolare(伊)、Consolar(西)から来たもので、慰めるとか苦しみや悲しみを和らげるという意味があります。Wikiによれば、

It is a female given name meaning "consolation" or "consolata" refering to the Virgin Mary.

 とにかく、この名まえからはいろんろな女性像が思い浮かんできます。わたしの場合だと、長男の小学校の先生がコンスエロ、幼稚園に通っていた次男の先生もコンスエリータ。というわけで、子どもたちを優しく庇ってくれる女性というイメージ。庇護性といっても良いかも知れません。

 サン・テグジュペリの奥さんもこの名まえです。出身はエル・サルヴァドールですが、彼と出会ったのはブエノス・アイレスでした。美しくて魅力的なひとですが、再婚だからなのか、サンテグジュペリの家族にはなかなか認めてもらえなかったそうです。“The Tale of the Rose” (薔薇の回想)という本を残しています。

 もうひとり思い出すのはジョルジュ・サンドです。サンドが小説の主人公にコンスエロという名を選んだわけまでは知りません。それよりも、ショパンとのことの方が気になります。モンマルトルのロマン主義美術館には、サンドの右腕とショパンの左手のmoulage(鋳像)が仲良く並んでいました。サンドはコンスエロのなかに、じぶんの姿を見ていたのかも。なんて、これはわたしの想像ですが。

 なんだか、こうしてみてみると、コンスエロという名は庇護性よりも「波乱万丈の人生」を招きそうな名まえといった印象です。

 コンスエロという名まえになりかけたフリエタは、フランス教育を受け、スイス、パリ、そして中南米を転々としてきました。まったくリベラルなもの考え方をするひとで、経験こそが宝もの、失うものはなにもない、というひとです。そんな彼女も小説を書いています。舞台は2千年前のローマ。「あの時代に、愛することにおいてひとは平等だなんて、すごいじゃない!」と。

 フリエタと気が合うのは、たぶん、ふたりともデラシネっぽいからだと思います。どこに根を張るかよりも根によってなにをどう育てるか、名まえや形式よりも実質というタイプ。あのジュリエットも言っていました。薔薇の名まえが別のものでも薔薇の香りには変わりはないと。